柔術Lifelog

「柔術ときどき仕事」ぐらいの割合の【柔術多め】ブログです。

「やりたいこと」「やりたい仕事」がないと不幸なのか?

f:id:mw1919jp:20190310135718j:plain

2019年3月現在、私はITコンサルとして企業のIT課題に対する課題解決や業務支援を行っていますが、この仕事が「やりたい仕事か?」と問われれば別にやりたい仕事ではありません。

自身が持っている技能を考えた場合、この職種が一番効率良くお金が稼げる(時給単価が高いという意味)のでこの仕事に就いています。


外資系コンサルティングファームのITコンサルタント


こう書くとなんとなく華やかな職種と思われる方も少なからずいると思いますが、実際の仕事内容は前職のSIerからの延長線であり、日々の業務は前職の頃から大差ありません。

仕事にやりがいが無いわけではないですが、どうしてもやりたいかと問われたら答えはNOです。

それでもこの仕事を選択し、この先も続けていくつもりです。

「自分の好きなことを仕事にする」「やりたい仕事をやる」ことが人間の生活を豊かにするための唯一の方法といった風潮について、自分なりの考えをまとめてみます。

やりたい何かが見つかっていない状態は不幸ではない

やりたい何かが見つかっていない状態は不幸でもなんでもありません。

Facebook、Twitter、InstagramなどのSNSが普及したことにより、これまで見えていなかった人々の生活がPCやスマホの画面越しに見えるようになりました。

従来見えていなかった人々の生活が手軽見れるようになったことで、インフルエンサーというこれまでになかった概念が誕生し、「自由に生きる」「やりたいことを仕事にする」といったことが人生の成功として捉えられるようになってきました。

その結果、「自由に生きられない人生は不幸」「やりたいことが見つからないことは不幸」といった風潮が生まれてきたように思います。

もちろん、やりたいことを見つけて仕事にして成功(生活できるレベルに稼げている)しているのであれば、それはとても素晴らしいことだと思います。

しかしながら、「やりたいことが見つからない状態は不幸」と考え、自分の人生がつまらないものだと考えてしまうのは勿体なく思います。

やりたいことを仕事にして成功している人って、世の中にどれぐらいいるのでしょうか?

私の身の周りを見渡す限り、プロスポーツ選手が1人と美容師が1人(高1の頃から美容師になると決めていた)で割合としては1%未満です。

残りの99%はなんとなく大学に進学し、なんとなく就職活動をして、なんとなく受かった企業に進んで、気付いたら今の仕事に就いているといった人が大半です。

こういった人達が不幸なのかと問われれば、答えはNOです。

そもそも、何を持って「幸せ」や「不幸せ」と定義しているのでしょうか?

お金でしょうか?

社会貢献でしょうか?

それとも自由な時間でしょうか?



もちろんお金はあるに越したことはないですし、社会貢献もしたいし、自由な時間も欲しいです。

ただ、ここに囚われすぎると不幸になります。

欲しがり出したら際限がないから。

こういったことを書くとつまらない奴と思われてしまうかもしれませんが、お金にしても仕事にしても身の丈にあった生活を維持できるレベルでいいと思うんです。

皆が一流じゃなくてもいい。

皆がキラキラした生活を送れなくてもいい。

自分のフィールドで出来ることをやっていく。

頭良い人が世の中の制度を考え、更に頭良い人が既存の制度を改革し、一部のトップランナーが新たなテクノロジーを生み出し、大企業が新たなテクノロジーをビジネスに変えて富の源泉とする。

それでいいじゃないですか。

世の中を改革するのは優秀な人達に任せましょう。

自分のやれることなんて、半径5mぐらいにいる家族や友人を守ることで精一杯ですよ。

それすら出来ない人もいる。それが出来ただけで十分。

その生活を守れた上で、余力があるのであれば新しいことにチャレンジしたり、半径5mの範囲を少しずつ広げていけばいいのです。

やりたくないことを徹底的にやらない

自分の中で「やりたいことが見つかっていない人」は『やりたくないことを徹底的にやらない』といった作業をしてみるといいと思います。

「仕事が嫌だから仕事はしない」といったレベルの話ではなく、今目の前にある仕事の中から『自分がやりたくない仕事(楽しいと思えないこと)を取り除いていく』イメージです。

私のキャリアはベンチャー企業で①プログラマーを経験した後、②SEとして業務設計に携わり、③営業職を経験した後に今の会社に転職してきました。

各フェーズで楽しいことや楽しくないこと色々ありましたが、①プログラマー時代にはスーパープログラマーとの如何ともしがたい実力差にこの道で成功はないと気付かされ、②SE時代には進捗管理や品質管理といった管理業務に嫌気がさし、③営業職ではテレアポなどの泥臭い営業行為が嫌で転職を決意しました。

今思い返せば敗走の歴史です。

自分がやりたくないこと(楽しいと思えないこと)から徹底的に逃げてきました。

そうすることで、自分がやりたいこと(楽しいと思えること)が何なのかを見つけてきた気がします。

この方法の大前提としては、一通り何でもやってみることが求められます。

実際に自分が手を動かし体験した上で、「この作業は自分にあっているかも?」「こんな経験はもう2度したくない」といったリアルな心の声が聞こえてきます。

「やりたいことが見つかっていない人」は目の前にある『やりたくないことを除外する』作業と向き合うことをお勧めします。

辛いと思うところに立つからツライ。自分のモノサシを持つ

人生辛いですよね。悩みますよね。

お金、仕事、家族、人間関係、自由。

人生楽しいこともありますが、基本的には辛いことや日々の悩みで構築されています。

この悩みから解放されるのであれば、ふっと世の中から消えてしまいたいと頭をよぎる時すらあります。

でも頑張りましょう。皆、悩みながら必死に生きています。

35歳になって思うことは人生悩みが増えたということ。

20代前半の時には考えられなかった。

一番は家族が出来たこと。

独り身であれば、プラプラ生きてどこかで野垂れ死にしたとしても「そういう人生だったんだな」とすんなり受け入れることが出来ると思いますが、家族を持つとそういう訳にはいきません。

色々悩みもがきながらも、家族のために生きていく必要があります。

本来、独立した一個の人間であったはずが、いつの間にか自分の人生の目的が『家族のため』に置き換わっていることに気づきます。


これが自分のやりたかったことなのか?

自分に残された30~40年間は自分のためには使えないのか?

振り切って自分のためだけに生きていこうか?


ふとした時に考えてしまいます。

それでも自分で選択した人生なので、ここだけは逃げずに正面からぶつかっていかないといけません。

家族を持ったものに課せられる責任です。

家族を持つことで自分の人生に大きな制約がかかります。

この点だけは間違いないです。

それでもそれ以上に大きな幸せや喜びがあることにも目を向けましょう。

自分の置かれている状況が辛い思うからからツラいのです。


家族を持ったことで自分がやりたいことが出来なくなった。

独り身だったらもっと自分の好きなことに時間を使えるのに。


サイコーじゃないですか!

今の世の中、家族を持って生活を成り立たせているだけで成功ですよ!

経済的な成功や社会的地位だけが、人生の成功ではないです。

人それぞれ、成功や幸せの定義は違っていいんです。

自分のモノサシを持ちましょう。

自分なりの成功や幸せを見つけることで、今置かれている状況は幸せになります。

まとめ

「やりたいこと」「やりたい仕事」といった点から自分の考えをまとめてみました。


①やりたい何かが見つかっていない状態は不幸ではない

②やりたくないことを徹底的にやらない

③辛いと思うところに立つからツライ。自分のモノサシを持つ


自分の身の周りを見渡してみても、不自由に生きている人が増えてきている印象があります。

テクノジーは進化し、世の中は確実に豊かになっているはずなのに人々の幸福度は上がっていない。

世の中は変わっているのに、人々の価値観が変わっていないから不自由な思いをしている人が増えてきている気がします。

自分の人生。自分のモノサシを持って周りに流されずに生きていきましょう。

自分のモノサシについては、過去のブログ記事でも紹介した「ストロング本能」に詳しく書かれています。

一個の人間としてブレない軸を持ちたいと考えている人にお勧めです。


明日も悩んでしっかり生きるぞ!


■この記事を書いた人

渡邉 正人
IT屋×柔術家。自身の仕事論と柔術を中心とした格闘技ネタについてブログ書いています。> 詳しいプロフィールはこちら