家庭があるからできない。
仕事があるからできない。
誰しも何か「やりたいこと」を胸に秘めていると思います。
仕事、家庭、資金、時間、人脈。
「やりたいこと」が『できない理由』をあげればキリがありません。
このブログを書いている私自身も
もっと時間があれば柔術の練習が出来るのに。
家族がいなければリスクを負って挑戦できるのに。
と思うことはあります。
ただ、これって本当に環境の問題なのでしょうか?
全ては自身の選択の結果
めっちゃ刺さりました。
— 渡邉正人@IT屋×柔術家 (@mw1919jp) 2019年11月27日
全ては自分の選択。他責ではなく自責。 https://t.co/7YADJO1TrK
今の会社に就職するという選択をしたのも自分。
結婚をするという選択をしたのも自分。
家庭(子供)を持つという選択をしたのも自分。
自分が置かれている環境はこれまでの自分の選択の結果。
「うちの会社はブラックだから~」なんて話を良く耳にしますが、『いやいや、自分がその会社を選んで就職したんでしょ?嫌なら転職すれば?』という話でしかありません。
環境が悪いのではなく、その環境を選んだ自分が悪い。
その環境を変えたいのであれば、自分が決断するしかありません。
人によって幸せの定義は様々
人生における制約は色々あると思いますが、その制約がなかったら人は皆幸せに生活することができるのか?
色々な考えがあると思いますが、個人的には答えはNOだと思います。
もちろん、一時的な幸福感(充実感)は得られると思いますが、それが未来永劫続くかは別問題のような気がしています。
なぜなら、人は満たされない何かが満たされた時に幸せを感じるから。
訳あって定住を持たない人にとっては、「清潔な衣服・温かいシャワー・雨風をしのげる寝床が与えられる」ことで幸せを感じます。
家も仕事もある人にとっては、「自由に使えるお金が与えられる」ことで幸せを感じます。
自由に使えるお金がある人にとっては、「世間からの承認欲求が満たされる」ことで幸せを感じます。
人によって幸せの定義は様々であり、追い求めていくと際限がありません。
数万円する寿司を食べて幸せを感じる人よりも、スーパーのタイムセールで売られている寿司を食べて「これ旨いわー」と思える人の方が人生幸せなんじゃないかと思ったりもします。
幸せなんてものは数値化して比較できるものではないから。
美味しいものや高級店に行くことは経験として重要だと思います。ただし、それが皆に取って幸せなことか言うと違うと思う。ファミレスやスーパーの惣菜でも幸せを感じられる人が最強だと思う。
— 渡邉正人@IT屋×柔術家 (@mw1919jp) 2019年12月4日
あー、A5ランクの肉が喰いてぇ https://t.co/3bWZ0vHpTr
結局は自分がやらないという選択をしている
冒頭に「家族がいなければリスクを負って挑戦できるのに」と書きました。
よくよく考えてみたら、独り身で自分の可能性を使い切るべく遮二無二挑戦し続ける人生よりも、子供から『朝ゴハンはパンに卵乗せたやつ作ってー』とお願いされて、一緒に食卓を囲んでゆっくりとした時間を過ごす人生の方が自分に取っての幸福度は高いことに気付きました。
この幸せを続けるために、自分の時間が少なくなるのであればそれでいい。
家族を犠牲にしてまで成し遂げたい何かは、今の自分には思い当たらない。
環境がやりたいことを制限しているのではなく、やらないという選択をした結果が今の環境を作っている。
本当に何かを成し遂げたいと強い思いを持っている人は、自らの選択により環境を整えています。
というよりも、使命感のようなものに突き動かされて走り続けていたら、自然とそういった環境になっていたという方が的確かも知れません。
本当にやりたいことは、本人の自覚がないところで既に行われています。
振り切れなくてもそれでいい
世の中、色々と振り切って生活している人が沢山います。
そういった人たちが未来を変えていくし、そのような生き方に憧れを抱きます。
自分にないものだから。
ただ、世の中すべての人が振り切れなくてもいいと思います。
自分の手の届く範囲で出来ることをすればいい。
余裕があれば、その範囲を広げていけばいい。
会ったこともない世の中の誰かに称賛される人生よりも、自分の身近な人を幸せにすることに重きを置いたほうがいい。
漠然と「何者かにならねば」と焦っている人がいるとしたら、まずは身近な家族や知人にとっての「何者か」になることを考えましょう。
『俺はそんな平凡でつまらない人生は送りたくない!』
そう考える人もいると思います。
ただ、どんな人であれば様々な悩みや葛藤がある中で必死に生きているはずです。
それを『平凡でつまらない人生』の一言で片付けてしまうのは、自分がかわいそうです。
誰しも日々戦いながら生きているのだから。
まとめ
全ては自身の選択の結果
→環境を変えたいのであれば、自分が決断するしかない
人によって幸せの定義は様々
→小さな幸せを幸せと感じられる人が最強
結局は自分がやらないという選択をしている
→本当にやりたいことは無意識の選択の中で行われている
振り切れなくてもそれでいい
→自分の手の届く範囲で出来ることをすればいい
人によって人生の制約は様々ですが、その制約がすべてネガティブな方向に働くとは限りません。
家族がいるから挑戦できない。家族がいるから幸せを感じる。
仕事があるから時間がない。仕事があるからお金を稼げる。
自身が置かれている環境を否定的に捉えるのではなく、その中で自分なりの幸せを見つけることが「豊かで幸せな人生を送るため第一歩」だと思います。
宇多丸師匠もこう言っています。
選ぶのはキミだ 決めるのはキミだ
考えるのはキミだ 他の誰でもないんだ
www.youtube.com
ただただ、Mummy-Dがカッコいい。
もしかしたら、このPVを紹介したくて記事を書いたのかもしれない。